先週、聲の形を劇場で観て本当に感動して、漫画も購入して一気に読んだけどこれは凄い…
なんで今まで俺はこの作品に触れなかったのか悔やまれる。
そもそも最近、漫画自体を読んでなかったしこのマンガがすごい大賞などもちらっとエントリーだけ眺めて終わっていた。
今度からしっかりノミネートされた作品くらいはチェックしようと決めた。

未だ、劇場版の興奮冷めなくてもう一回観に行こうかなって思ってる次第なんだけど、とりあえず原作の漫画版と劇場での相違とか、補完された内容などをまとめたいと思う。


映画と原作の本筋での違い

違いというよりは、映画ではカットされたり語られなかった部分など。

まずは、小学校時代の担任。
これはなんで映画で出さなかったんだろうなぁ、黙認だけじゃなくて、生徒と一緒にからかって笑っていた屑の担任について見せるべきだったと思う。
実際、犯人探しの時に既に最悪な人物像はわかっていたが余計に酷さが極まった。
更に映画製作で再度小学校を訪れるシーンがあるが、相変わらずで大人になると人間って変わること出来ないんだなぁって悲しくなった。
真柴が水ぶっかけたシーンは少しスッキリした。

続いて、高校時代で、自称親友ポジになった長束が個人作成の映画を制作したいと言い出して、本当に進めている点。
原作では、映画制作が思っていたより進行していて驚いた。
おまけ要素だと思っていたけど、話の筋としては関係者全員を繋ぐために必要だったから当然か。

そして最後の迎え方がだいぶ削られていたけどこれは正解だったかも。
文化祭で自主制作映画上映したところくらいは載せても良かったかもしれないけど、その後、映画コンクール?で評論家にボコボコにされたり、同窓会のくだりとか。
まぁ専門や大学に進む未来の話は入れても良かったのではと少し思うけど、蛇足感がすごいからいらないか。
着物姿の西宮さん最高に可愛かったけどw



西宮結弦について

これは原作絶対読んだほうがいい。
幼少期からずっと姉を思っていて、守り続けた妹の姿。
自分より姉を心配して大事にしている結弦の姿には心打たれると思う。
それに、今の髪型になった理由は映画では省略されてるから原作で補完出来て良かった。

後、ばあちゃんとのくだりについても泣ける。
西宮母の項目で書く予定なので詳細は省くけど、この家族もコミュニケーションが下手なんだなって。

本当に結弦がいてくれて良かった。
この子がいなかったら、硝子もきっと強くはなれなかったと思う。


硝子の母、西宮八重子と祖母と、石田将也の母について

映画では普通にカットされてたけど、美容院に硝子を連れて行くシーンがあった。
そうか、知り合いぽかったのはその美容院が石田母の店だったからなんだな。
硝子の髪型を世間の荒波に揉まれても負けないようにってショートカットで強めにしたかったらしいけど、結果的に石田母が硝子の困ってる顔と好みの髪型を独断で決めてケンカになったのか。
こういう些細な部分が後々生きてくるなぁ。

映画で導入されなかったけど、絶対入れるべきだったシーンがある。
離婚のときの話。
何故、硝子と結弦には父親がいないのか謎だったけどわかった。
障がいを持って生まれたことが原因で(正確にはウイルス性の感染症が原因らしいが)父親側の親族を揉めた。
これは酷い…実際にこういう人たちはいる。

俺はいい家に生まれたんだなって少し泣いてしまった。
従姉妹の末っ子が聴覚障がいを持ってる、軽度だから補聴器なしでも聞こえるけどね。
だから俺の視覚障がいに続いて、従姉妹もそうだったけど、どちらの家も俺たちを大事にしてくれた。

硝子の父親親族は本当にクズすぎる・・・西宮ばあちゃんの言うとおり最後は誰もが年金や保険、国のお世話になるんだし、それについてどうこう言う人間としての質が腐ってる。
あえてヘイトを溜まりやすいキャラなのかもしれないけど、悔しいなこれは。
そして俺がそう思うくらいだから、西宮母はもっと悔しくて辛かっただろうなぁ…

結弦がお腹の中にいるってわかったときも、心配などせずに、自分が育てて面倒見てあげるからって、西宮祖母は本当に良い人だった。
映画の特典でもらった八重子と祖母の話は、これを元に踏まえるとそれだけで泣ける。

「私は逃げないよ、娘からも、孫からも」

泣ける…ばあちゃん。
母親にも、結弦に対しても全部理解してくれる人で、心の支えだったんだよなぁ。

それにしても一人でよく頑張ったなぁ。
娘達もいい子に育った。

硝子自殺未遂後、立場が逆転して石田母に対し、硝子母が謝罪するシーンがある。
お互い過去に引きづられたまま、再会した際には最悪の結果になっていたってのが辛い。
石田母もよく持ち堪えたし、顔をぶったりしなかった。

後日談で、一緒に酒のんで元旦那の愚痴言い合ったり、打ち解けた姿にホッとした。
本来二人は境遇も似てるし仲良く出来るはずなんだよね。
わだかまりは残るかもしれないけど、それでもこの人達はいい母友になってくれればいいな。


川井みきについて

結局、映画を見ても原作読んでもこの子だけは印象変わらず。
ダメだどうしても好きになれない。
むしろ色々な事実が浮き彫りになってきて嫌いになるだけだった。
こういう子が一番質悪いんだ・・・
社会にもいる、要領がいいんだよな。
素直で天然っていう言葉で監督とか原作者は語っていたけどそうなのかな。
腹黒い計算とか自分を守って正当化することに長けているように見えるよ。

原作の川井みきエピソードでは、一応本人も周りからいじめのような陰口を受けることで、人の痛みを知ることが出来たと思う。
結局のところ、見て見ぬふりをしてた人間ってのは自分が犠牲にならないとわからないものだ。
真柴の過去話でしてやられたわけだけど、どう感じたのかは気になるところ。


植野直花について

劇場版の情報だけでは勘違いしていた。
この子の奥底の、もっと根深い部分について理解するために原作を読むほうが絶対いい。
小学校時代はクラスメイトの女子側リーダーだったのは間違ってなかったけど、普通にいい子だった。
ただ、将也のことが好きで素直になれないだけだったんだな。
小学校時代だと男友達みたいに接する子も多いし、男も鈍感レベルMAXだから気づくわけもないし。

映画の時はちょっとこの子どうなんだよって思っていたけど、原作できちんと理由を読み取れると一気に可愛くなる。
街で偶然再会した時も、猫カフェに誘ってきたときも、今思えば色々想いが溢れてて可愛い。
石田のことずっと気にかけていたのも本当だろうし後悔してたんだな。
いじめが石田にシフトした時に加担するわけにもいかないし、味方になるわけにもいかないから、疎遠になるっていう選択肢を取ったんだろう。

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結局さ、こういった軽口言いあえる楽しかった、失った日常を取り戻したかったんだよな。

遊園地と観覧車のシーンは結構再現率高かったなぁと思うけど、その後の録画されたデータを観た石田と結弦の描写については原作を読んで良かった。
石田も言ってたけど、植野って一番真摯に向き合ってたかもしれない。
佐原さんとの関係も、川井との関係も、この子にとっては核心がしっかり見えてた。

6巻での植野直花エピソードでは、ますます彼女の魅力が伝わってきた。
確かにいじめ加担は良くなかったし、硝子に対しての変な形でコンプレックス抱いてしまった原因が一番まずかったなぁ。
子供でも、女は女なんだなって理解した。
仲良かろうが悪かろうが、泥臭いきつい感情をぶつけ合えるのって女性特有だと思う。
いやまぁ、男同士でもあるのかもしれないけど俺は体験したことがない。

結局、本編通してずっとこの子は曲がってなかった。
あくまで我を行く存在だった。
石田に対しる気持ちが真っ直ぐだし、他の他人に流されないし。
不器用なんだろうなー。
結果的に佐原と一緒に東京でデザイナーやるって凄いな。
夢きちんと叶えたし、佐原はモデルとして頑張ってるみたいだし。

これを読んでから映画みたらまたちょっと違った存在に思えたかもなぁ惜しいなぁ。


真柴智について

劇場版だとぽっと出てきてしゃしゃり出るイメージしかなかった。
これは損してるなぁ。
本編の暗い要素を和らげる役割の長束より、小学校の同級生でもなく、新規参入キャラとして本質的な部分で関わってくるし大事かも。
彼を通して川井みきとの繋がりが生まれたけど、周りの評判や噂話を気にしないタイプだったな。

子供に異常な興味を持つというか、いじめをしていた人間の子供がどう育つのかを楽しみにシてた節があるけど、もう少し掘り下げて書かないと意味や理由はわからなかった。
真柴智の後日談で教師になるかは迷ってる感じだったけど。

過去のいじめのトラウマからもう少し話に絡んでも良かったかもなぁ。


石田将也について

映画はいい感じに綺麗に全て網羅してたかも。
メインストーリーだし、石田視点で進むから当然なのだけど他のキャラに比べれば満足だった。
原作での彼の葛藤や苦悩も、映画でちゃんと表現されてたように思う。

そしてやっぱ声がなんか弱々しくて、もう少し声強い声優さんのほうが良かったのではと思ったりした。
まぁあくまで原作絵見ただけの感想だけどね。
演技は上手かったしバッチリだけど。

最後は理容師になる夢というか、実家を継ぐという方向性で終わっていたので、それもまた良しかな。
もしかしたら、硝子と一緒に同じ店で働くのかなーとか希望が見えた。


西宮硝子について

原作のほうが彼女の心情や苦悩が見て取れたなぁ。
絵柄は映画のほうが好みなんだけど、微妙な感情の機微は原作が増してたかも。

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俺は硝子がやっぱ大好きです。

友達ごっこって言われて、悔しい気持ちが伝わって、硝子自身もきちんと友達として過ごしていきたいって思ってくれたのがとても嬉しい。
このシーン映画であったか忘れたけどなかったら勿体無いなこれ。

告白の日、ポニテにして気合入れたり、少しでも普通の人と同じように気持ちを伝えるために筆談ではなく、自分の口からの「言葉」で伝えようとしたり、健気すぎて辛い。
石田は罪悪感に囚われすぎていて、もう少し硝子の気持ち考えてわかってあげてほしかったなぁ。

自殺しようとしたのも、結局のところ、自分が辛いっていう意味だけじゃなくて、周りに迷惑かけて思い詰めてしまった結果で、障がい者によくある、自分だけが辛くて苦しい誰もわかってくれない現象に陥っていないのが良かった。
本当に芯が強くて優しい。
こんな子、めったにいない、この子だからこそ石田は変われたし、いじめていた人間たちも成長できたんだと思う。

何度でも叫びたいね、硝子ちゃん大好きです。


作中のいじめのリアリティさ

どこかの映画評論サイトとかで、彼女が美少女だったからこんな都合いい展開だったのではと書かれていたけど、まぁ正直否定はしない。
俺だって映画で観た時はこんな可愛い子なら誰だって応援するし助けるって思うわ。

後、別の理由としては、実際に小学校の頃似たような女の子がいたから。
俺の地元の小学校には、同じように養護教室というのが存在して、学年関係なく、障がいをもった子が入るクラスがあった。
そして俺のクラスには脚が不自由な子がいた。
今思うと、言語障害もあったのかもしれなくて、話すときも若干発音とか滑舌が悪かった。
申し訳ないが容姿はお世辞にも可愛いとは言えなかったよ。
一生懸命生きてたし、お母さんがすごく強い人で石田母の明るい性格に、硝子母の強さをあわせたような人だった。
だから行事の際は、その子も一緒に参加したりしてたけど、やっぱ同じようないじめは起きてたなぁ。
俺は残念ながら見て見ぬふり側で、いじめてたやつは教師からしっかり怒られてた。
この作品の屑教師と違って、強くてしっかりした先生だったなぁ。

そういう似た境遇を辿ってきてしまったから、いじめた側の気持ちも、いじめられた側の気持ちも両方わかってしまうから、余計に感情移入して俺はこの作品をそういったフィルターを通して見てしまったのかもしれない。
石田のように後から後悔してどうこうはしなかったけど、地元に帰ると、親同士の付き合いがあるから話に出てきて、たまに思い出すことはある。

あの時、助けてあげられればなぁとか、手を差し伸べられたらなぁとか。
逆に、俺自身を助けてくれて、支えてくれる子がいてくれたのなら、こんなひん曲がった性格にならずにすんだかなーとかバカなこと考えちゃうな。
他人がどうこうするものでもないし、そうなったのは俺自身の責任なのにね。
だからこそ、聲の形を観終わった後、色々な感情がフィードバックして押し寄せてきちゃって言葉にならなかった。


そんな最高の作品を制作してくれた京都アニメーションと、原作者の大今良時さんには大感謝です。
ぜひ、原作を読んだ人も、映画だけの人もどっちも両方のメディアを楽しんでもらいたいと思う。