89歳でした。
7月が誕生日だから、もう少し生きれば90だったけど。
お寺では亡くなってから1年プラスして、更に誕生日が近いから更に1年プラスで
91歳ということになった。
十分、大往生だったと思う。

水曜あたりから危なくなってきたという話は受けていた。
以前の日記にも書いたけど、ここ数週間で一気に病状が進行していたみたい。

そして先週の土曜から実家に急遽戻っていた。
いざという時のため喪服を持って…。
むしろ今回は親も覚悟していたみたいでそのように伝えられた。

土曜日はまだかろうじて息があり、意識もぼちぼちあったので
僕が見舞いにきたことを理解しており、荒い息をしながら水が飲みたいとか
要望を伝えてくれるので手伝っていた。
土曜は隣の部屋で僕も泊まっていき、夜中に何かあったらすぐ飛び起きて
付き添いしていた。

でも、日曜からもう眠ったり起きたりを繰り返しはじめ、だんだん意識がはっきりしなくなっていた。

ばあちゃんは胃がんで余命半年だったところを、更に半年生きている状態だから
いつ亡くなってもおかしくない状態というのがお医者様の言だった。

でも、日曜時点ではまだ持ちそうだということで、従兄弟は一旦京都へ戻った。
僕より先に帰省していたのでさすがに仕事がまずいということだった。

そんな状況で、月曜を迎え、親と叔父さんはともに会社へ。
実家にはおばちゃん(おじさんの嫁)と僕だけが残り、1日中ばあちゃんを見守っていた。
爺ちゃんの時は最後を看取れなかったという思いが本当に辛くて、看取ったからといって
何があるわけでもないのだが、やはり間に合わなかったということが悔しかったから
今回の帰省は本当に心の整理をつけるという意味では良かった。

昼過ぎに訪問看護師さんが来て下さり、一緒に髪の毛を洗ったり、足を綺麗にしてあげた。
心なしか喜んでくれていたように感じる。

その後、夕方になってから異変が起きた。

手足が冷たいのだ。
てっきり、梅雨時期で寒いからだと思っていたが、いつもの冷たい感覚とは違う。
何か嫌な汗をかいたような感触と呼吸が肩呼吸に変わっていた。

すぐにお医者様を呼び、同時に母と叔父さんも帰宅してきた。
まだ息があり、二人が両手をそれぞれ握りながら最期を見ている感じだった。

僕は脈を計りながら、ばあちゃんがまだ息していることを確認しつつ、看護師さんたちの到着を待った。

しかし、だんだん息が弱くなり、手足も動かなくなり、静かに息を引き取った。
午後7時過ぎだった。

通常こういった場合は、深夜だとか早朝が多いのだが、ばあちゃんは最期まで家族に迷惑をかけず
対応しやすい時間にしてくれたんだなと母が言っていた。
自分自身は13年も寝たきりの義理の父母の看病をしていたすごい人なのに、自分は最期の数週間まで
トイレや身の回りの生活については手を出さなくても大丈夫なくらい気丈に頑張っていた。

亡くなってから、なんかほっとした気持ちが大きかった。

癌っていうのは相当な辛さで、先生が言うのはおばあさんは痛いのを我慢しすぎているところがあったので
麻薬で少しずつ痛みを和らげながら静かに息を引き取ったので苦しみもだいぶなくてよかったと思います。
ということらしい。

今どき家族に看取ってもらえる老人なんて1割もいないそうなので、自分の実家でしかも子どもと孫から看取ってもらえてよかったと思う。

ホッとした気持ちもそうだが、やはり看護師さんと先生が確認してくれて、確実になくなった旨を伝えられた時は、やはり悲しくてすごく泣いた。

爺ちゃんのときとは違う、よく頑張ったね、今までありがとうという涙だったように思う。


その後、通夜をして僕はまた爺ちゃんと同じように夜通し棺桶の隣で一緒に寝てあげた。
片方だけじゃヤキモチやくだろうから。
火葬から葬儀もすんなり執り行われて、今回は早くにお墓に納骨してきた。
始めて納骨参加したけど、いい勉強になった。

葬儀に参加してくれた人たちも平日にも関わらず200人以上きたのではないだろうか。
じいちゃんのときは延べで400人以上きているけど休日だったから、そう考えるとばあちゃんの人望もすごい。

すごく悲しい気持ちはあるんだけど、なんていうかさっきも書いたけど僕は穏やかな気持ちです。
ばあちゃんが苦しんでいて、深夜になると、痰がからまったり咳き込んだり、体が痛かったりとそういう姿を見ているので、やっと楽になったのかなと。

そしてたまにしか帰省していない僕でこの感情なので、ずっと面倒見てきた母や叔父、おばさんはきっともっと辛いだろうし、安心したことだろうと思う。

少し笑い話になるが、灰寄せの席では、ばあちゃんが死ぬ前に予め呼んでほしい人などを記載していたので、それに従ったのだが、おかげでとてもいい席となった。
特に僕は初孫なので、あちこち連れて行かれていたらしく、お酌をしに回った際に、小さい頃から僕を知っている人たちから声をかけられて色々な話を聴いた。

ばあちゃんは僕を自慢の孫だと言ってくれていたみたいだし、同時に目の病気のことをとても心配していた。
まさか友人や婦人会、舞踊会、ちぎり絵教室など自分の参加しているコミュニティのメンバーにも話しているとは思わなかったので、嬉しいやら恥ずかしいやら。

全て終わり、祖父母宅へ戻ったけど、なんか実感が無い。

人が死ぬ瞬間というものに立ち会ったのは今回が初めてだけど、もっともがいたり苦しそうにすると思っていた。
ただ、ずっと手を握って声をかけ、見守ることしか出来ない。

でも今回は後悔がなかったため、自分としては満足している。
最期を看取るっていうのは大事だと思う、本当に。
色々な思い出が蘇ってくるときもあるけど、それはまたゆっくり悲しみたいと思う。

じいちゃんが先に行ってるから大丈夫。 
今はただ、長い人生、お疲れ様、ばあちゃん。